テラウチのトイレ

テラウチのトイレ

人の悲しみは分からないことについての話

 母の友人がこの数日のうちに亡くなるそうだ。
 これから奇跡が起こって回復するかもしれないけれど、医者の見立てだとそうらしい。
 昨年胃がんで入院して、手術して、無事に退院したと聞いていた。いつ、なんで、そんな事態にまで悪化したのか、詳しく知らない。
 その知らせを聞いた母は、リビングで一人、ただ泣いていた。


 母とその友人が知り合ったのは10年ほど前のこと。姉の高校のクラスメイトのお母さんが、うちの母と知り合って、仲良くなった。つまりはママ友。
 姉とその友人のお子さんは大して仲良くもない。「通りすがっても挨拶するかは微妙」と姉は言っていた。
 それでも人間関係は不思議なもので、母はその友人を含めた5人くらいでランチ行ったり、買い物行ったり、果ては旅行に行ったりしていた。
「イツメンがさぁ……」と母が言い始めた時「もうババアなんだからナウでヤングな言葉止めといてくれ」と笑った記憶がある。
 俺はその母の友人のことを知らない。顔も、名前も知らない。写真とか見たことあるんだろうけど、記憶にない。多分興味がなかったんだろうな。だから俺はその人のことについては母が呼んでいた「マッチ」というあだ名しか知らない。

 母は昨年末頃から「マッチが心配だ」「マッチに会いたい」「マッチと連絡が取りたい」というようなことを言っていた。でもうちの母はうちの母なので「退院したばっかりゆっくりしたいときに、しつこく連絡できない」と言って連絡を控えていた。「元気になったら、いつでも会えるから」と言っていた。

 

 それで、冒頭のことに戻るのだけれど。

 俺は泣いている母にほとんど何も声をかけることができなかった。誤解されてもいいけど、母の友人がこの数日で亡くなることを悲しめない。ただ、母が悲しんでいるのが辛いだけだ。けれど、母の悲しみを和らげるような言葉を持ち合わせてはいないし、そもそも母の悲しみを和らげようとすること自体が違う気がした。

 マッチの状況を涙ながらに話す母に黙ってお茶を入れた後「会いに行った方がいい。行かなければきっと後悔する」というようなことしか言えなかった。

 これは自分が病床に臥す祖父を見たくなくて、見舞わないうちに別れになってしまった経験から来る心根からの言葉だったけれど、それでも俺のしゃべる言葉ってなんでこんなに浅いんだろうと思わずにはいられなかった。

 

 時々思うけれど、他人の気持ちは、絶対に自分の気持ちになりえない。

 だから、完全な意味での「共感」は存在しない。もしかしたら完全な共感ができる人もいるのかもしれないけれど、俺にはできない。

 前述の通り、俺は母の友人が亡くなることは辛くない。「母が悲しい気持ちになっていること」が辛いだけ。「友人が亡くなる」という母の気持ちに共感できているわけじゃない。だから多分母の悲しみを和らげること自体、俺のすることではないと感じたんだろうな。

 

 

 俺って人の気持ちに対してどうあれあればいいんだろう。

 その時は黙ってお茶入れて母に出すしか思いつかなかったし、今もそれ以上のことが思いつかない。どれだけ時間を掛けても、多分それ以外何もできない。

 翌日になって落ち着いた母に「昨日はお茶ありがとう」って言われたけれど、俺は何もできていない。

 

 悲しんでる人には優しい人間でありたい。

 でも、俺になにができるのか分かんないぁ。

 人間一人じゃ生きられないのに、人と生きるのなんでこんなに難しいんだ。

 

 以上。